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後で調べて分かったことだが、米原は北国街道の宿場町であったらしい。国道8号線から分かれて、集落内を南北に貫く通りが北国街道であり、通り沿いの所々に町家の連なりが残されていた。静まり返ってはいたが、まぎれもなくここが米原の、本来の中心なのである。街灯の柱に取り付けられた「米原商店街」の文字が、それを証明していた。
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(北国街道沿いの町並み、そして米原商店街)

 どこからともなく聞こえてくる「遠き山に日は落ちて」のメロディーが心を駆り立て、さらに街道を北へと進む。別に、陽が落ちたからと言ってすぐに困ることはないのだが、この手の曲には条件反射的に気持ちを焦らせる効果があるようだ。たとえば、閉店前の「蛍の光」とか。それにしても地方の町へ行くと、こういう夕暮れ時に、町中に音楽を流しているのをよく聞くけど、あれは何なのだろうね。時報代わりなんだろうか。

 やがて街道は、一軒の旅館と、その手前に立つ道しるべに突き当たった。道しるべに近づき、その文字を読む。そこには、「右中山道」「左北陸道」の文字があった。ここが、中山道と北陸道(北国街道)の分岐点であるらしかった。それは昔も今も、恐らく今後も、ずっと分岐点であり続けるのであろう米原の町を、象徴しているかのような道しるべだった。僕は左右どちらをも選ぶことなく、音楽が鳴り止むまで、その場に立ち尽くしていた。(了)
maibara14.jpg
(分岐点)
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